デス・オーバチュア
|
彼女が何のマスターなのか一目では解りにくかった。 なぜなら、彼女はあまりにも自分が極めたものとは縁遠い格好をしていたし、極めたものを持ち歩いてもいなかったからである。 それに、彼女は他にも多くのことを極めた天才であり、多くの運命と異名をも背負っていたからだ。 「メディアちゃん、コレあげる〜。私だと思って大切にしてね〜」 その人物はがらくたの山の中に居た。 剣だか、槍だか、銃だか解らない無数のできそこないの武具達。 いや、武器として完成しなかった金属の塵だ。 塵、がらくた、役立たずの山の中でその人物は作業を続けている。 「いいの、コレ、あなたのメイン武器でしょう?」 メディアは渡された長物を白衣の『中』にしまい込んだ。 「うん、それもう飽きた。で、新しい武器を今作っているんだけどね……どうも画期的なアイディアが浮かばないの〜」 「画期的ね……」 メディアは足下に転がっていた猟銃らしき物を蹴り上げると、左手で掴み取る。 「これなんかかなり面白そうね。銃と剣の合体か……」 「欲しかったらそれもあげるわよ。でも、あなた銃ってあんまり好きじゃなかったでしょう〜?」 「ええ、直接メスか素手で切り刻むのが一番楽しいわね」 「うふふっ、メディアちゃんてホント危ない人よね〜」 「あなたにだけは言われたくないわよ……」 メディアは猟銃らしき武器も白衣の中にしまい込んだ。 「ええ〜? 私はメディアちゃんと違っていつも冷静よ〜」 「……だからこそ、あなたは怖いのよ……」 メディアは小声で呟くように言う。 「ん〜? 何か言った?」 「別に、あなたに比べればわたしもまだまだ甘ちゃんってだけよ」 「え〜、それってどういう意味〜?」 「言葉通りよ。じゃあ、根をあんまり詰めすぎないようにね……言っても無駄でしょうけど……」 メディアは彼女が住むがらくたの王国を後にした。 「スカーレット!?」 皇鱗を呑み込んだ深紅の炎は、昇竜のように天へと駈け上り消えていった。 アズラインはスカーレットの元に駈け寄る。 スカーレットは炎を撃ちだした直後、元の幼い姿に戻ると、地面に仰向けに倒れ込み、そのまま完全に機能を停止していた。 「スカーレット? 壊れちゃったの!? そうだ、ファーシュお姉ちゃんなら……」 「ああ、大丈夫大丈夫、ただ単に動力が完全停止しただけで、どこも壊れてないから……人間で言えば仮死状態ってやつかしらね?」 聞き覚えのまったくない声が背後から聞こえてくる。 「燃料を補給して火をつけ直せばいいだけだから……あ、その前にファーシュちゃんに外装を直してもらった方がいいわね」 「……誰?」 それは本当に欠片も見覚えのない人物だった。 修道女(シスター)。 それも、ランチェスタのような特種なアレンジではなく、正真正銘、西方の『神』に仕える修道女の地味な衣服を身に纏っていた。 持ち物は左手に抱えている一冊の古い分厚い書物だけ。 頭のかぶり物から覗く髪は美しい金髪だった。 「うふふっ、私のことは別に気にしないでいいわよ」 不可思議な、金色がかった緑色の瞳が優しくアズラインを見つめている。 「それより、早くアンベルちゃんとファーシュちゃんのところまで下がった方がいいわよ。もうすぐ戻ってくるから……」 「えっ?」 何がと問う必要はなかった。 天を二つに割るかのように、青い雷が地上に落ちた。 「ここまで……ここまで、コケにされたのは初めてよ……」 天から落ちてきた雷の正体は、ボロボロのドレスに、薄汚れた姿の皇鱗である。 「嘘だよ……あれで倒せないなんて……」 「オルサブレイズはスカーレットちゃんの命の火自体を……全エネルギーを一瞬で解き放つ、一発限りの最強の炎……だからこそ全開の闘気と装甲でガードした異界竜にすらあそこまでの『ダメージ』を与えられたのね」 修道女が全ての事情を知っているかのように言った。 「なんで、そんなことまで知って……て、ダメージ?」 アズラインは皇鱗の姿を改めて見直す。 体に損傷は無いようだが、皇鱗はあきらかにふらつき、かなりの消耗をしているようだった。 「いくら最強の鱗と闘気を持っていても、無敵なわけでも不死身なわけでもないわ。体は傷つかなくても、あれだけの攻撃に耐え続ければ、体力も精神力も、そして闘気……エナジーだって尽きるわよ」 「……エナジーが尽きる?」 「鱗の防御力だけじゃ耐えられない威力や熱量の攻撃を何度も受けたんでしょう? それに耐えるためにどれだけ闘気……つまりエナジーを消費したことか……あれなら後一押しで『壊せない』としても、『倒す』ことならできるわね」 「…………」 アズラインは修道女に不審の目を向ける。 この修道女は何なんだろう? いったいいつから見ていたのか? あの生物のことも、自分達守護人形のことも何でも知っているような口振りだ。 「さてと、アンベルちゃんを強制的にリミッター解除させようかとも思ったけど……これなら、メディアちゃんだけで充分ね」 「……ちょっと、今聞き捨てならないこと言った?」 「ん? 別に何も〜」 修道女は慈愛に溢れた優しげな笑顔を浮かべて否定する。 明らかな誤魔化しだった。 「スカーレットも無茶するわね……」 メディアが重さなど皆無なように、ふわりと軽やかに大地に降り立った。 「……わたし、もう何もかもが嫌になっちゃった……」 メディアと皇鱗は正面から向き合っている。 「……だから……」 皇鱗は両手を胸の前に持ってくると、掌と掌の間に青い光球を生み出した。 「何もかも吹き飛ばして、お姉ちゃんを捜しに行くことに決めたの!」 凄まじい勢いで、光球が激しさと輝きを高めていく。 「人間……じゃないだろうけど、自棄になるものじゃないわよ」 メディアは白衣の中に右手を突っ込むと『長物』を取り出した。 それは赤黒い、メディアの背丈よりも長い木刀。 「木刀……いや、長ドス?」 「ドスって……物騒な呼び方するわね、アズラインちゃんも……あれは斬奸刀(ざんかんとう)『砌(みぎり)』って言うのよ」 よく見るとそれは木刀ではなく、木の鞘に収まった長尺刀だった。 「……君って本当なんでも知っているよね……凄い胡散臭いんだけど……」 「うふふっ、だから、私のことなんて気にしなくていいって言ってるのに……そんなにお姉ちゃんに興味あるのかな? 本当可愛いんだから〜」 そう言うと、修道女はアズラインに抱きつく。 「……気持ち悪い誤魔化し方しないでよ。アンベルお姉ちゃんみたいで気味が悪いよ……」 「どういう意味ですか、アズラインちゃん?」 「あ、お姉ちゃん……」 いつのまにか、アズラインの背後にアンベルとファーシュが立っていた。 「良かった、スカーレット姉さんの損傷は胸部の装甲が剥がれただけ……これなら燃料を補給して再起動さえすれば……もっとも、外面も内面も摩耗、消耗が激しいのでできれば……」 「そうね、オーバーホールした方がいいかもね。あなた達と違ってスカーレットちゃんは生体部品じゃないから、逆に自己修復はきつい……あれ? ああ、そうかメディアちゃんがナノマシンを血液として入れ替えたのか……前言撤回、これなら剥がれた胸部装甲を張り付ければ勝手に直るわよ」 スカーレットの損傷をチェックしていたファーシュに、修道女が口を挟む。 「ナノマシンですか、なるほど……ところで、あなたは……」 「もうその質問は勘弁してね。それより、観戦しましょうよ、面白い惨劇がいよいよ始まるんだから〜」 そう言う修道女は子供のように無邪気に楽しげな笑顔を浮かべていた。 「……ん?」 何か少し離れた背後に気配が増えた気がした。 それも何か覚えのあるような気配が……。 「儚く消えなさい! 夢幻泡……」 皇鱗が青い光球を解き放とうとした直前、いきなり後方に吹き飛んだ。 そして、かなり間合いがあったはずのメディアが、先程まで皇鱗が居た場所の目前に立っている。 「後ろを確認している余裕はないか。圧倒的な弱者……ただの人間に過ぎないわたしが油断するわけにもいかないものね」 「……今のは……?」 皇鱗は納得いかない表情でゆっくりとこちらに戻ってきた。 「別にたいしたことはしていないわよ。あんな物騒な闘気弾撃たれたら流石に洒落にならないから、妨害させてもらったわ」 「……妨害……」 何をされたのか、皇鱗には理解できない。 夢幻泡沫を放つ直前、いきなり目の前にメディアが出現したかと思えば、すでに吹き飛ばされていた。 「……さて、いまさらだけど、ここからは少しはあなたを満足させられるかもね」 メディアは微笑を浮かべると、少し腰を屈める。 「いまさら、何よ!? もう最悪の気分よ!」 皇鱗は一足で間合いを詰めると、怒りのままにメディアの胸部を右手で引き裂こうとした。 赤い鮮血が勢いよくメディアの胸から噴き出す。 「……当たった?」 メディアを引き裂いた皇鱗の方が信じられないといった表情を浮かべた。 今までのように瞬間移動でかわされるのは覚悟していた、こんなにあっさりと切り裂けるとは思ってもいなかったのである。 「血……私……私の血……こんなにも……赤い……紅い……赤……紅……ああ……」 「なに?」 メディアは両手で胸の傷口を押さえると、手を濡らした深紅の鮮血を呆然と眺めているようだった。 「ああ……あああ……あああああああああああああああああああああああっ!」 メディアは唐突に、発狂したかのように奇声を上げる。 「ちょっと、あなた、い……くううっ!?」 突然、皇鱗の右脇腹に凄まじい衝撃が走ったかと思うと、彼女の体を宙に浮かび上がらせた。 「うううっ!?」 次の瞬間、左肩に衝撃と激痛が走ったかと思うと、皇鱗は大地に叩きつけられる。 「何が……くっ!」 とにかく、何かがやばいと感じた皇鱗は逃げるように後方に跳んだ。 「えっ?」 いきなり、メディアの顔が目の前に出現する。 同時に、腹部に物凄い衝撃が走り、皇鱗は自らの意志ではなく、外部からの力で吹き飛ばされた。 だが、皇鱗が吹き飛ばされていく先には、どうやって先回りしたのかメディアが待ち構えている。 メディアは腰を微かに落とし、右手を左手に持った長尺刀の柄に添えっていた。 皇鱗は先程から自分に起きている現象の正体をやっと理解する。 自分はあの長尺刀で何度も斬りつけられていたのだ。 太刀筋が見えないどころか、抜刀され、再び鞘に戻されていたことにすら気づけない程に……一連の動作が『速い』のである。 「ああああああああああああああああああああっ!」 奇声と共に白衣の『獣』が皇鱗に襲いかかった。 「……何なのよ、あれは……」 アズラインの声は震えていた。 いや、声だけでなく体も恐怖に震えている。 「何って、デタラメに刀を斬りつけているだけよ。それも一呼吸斬りまくったら、いちいち鞘に戻すなんて無駄のある動作でね」 修道女が何でもないことのように言った。 「本当に抜いているの? あの人があの生物の周りを飛び回っているだけで、勝手にあの生物がボロボロになっていっているようにしか……ボクには見えないよ……」 「見えなくて当然ですよ。もし『斬れ』ているなら、もう何万回細切れになっていることか……」 アンベルが驚嘆を通り越し、呆れたように言う。 「ええ、『斬れない』からこそ無限地獄でしょうね。メディアちゃんが疲れて止まるまで、永遠に刀を叩き込まれ続けるんだもの……可哀想よね〜」 可哀想と言いながら、修道女はとても楽しげな笑顔を浮かべていた。 皇鱗はもう何億、何十億の斬撃を浴びただろうか? 皇鱗は刃の通らぬ自らの鱗の硬さを呪っていた。 いっそのこと体から力を抜いて、体を普通の人間の硬度にまで落とし、斬り殺されてしまおうか? そんな考えまでが浮かぶ程に、皇鱗は追いつめられていた。 一瞬たりとも止むことのない衝撃と激痛。 メディアの叩きつけてくる刃は、皇鱗の体を切ることさえ適わないが、何億、何兆回と皇鱗の鱗に叩きつけられようと決して折れることも曲がることもなかった。 そして、一太刀一太刀が、必ず皇鱗に凄まじい衝撃と激痛を与えているのである。 生き地獄、無限地獄……メディアが疲れて止まるか、皇鱗が防御するのをやめて『斬られる』までこの地獄は永遠に終わらないのだ。 「ああああああああああああああああああああああああああああっ!」 皇鱗はひたすら斬りつけられているだけで、身動き一つできない。 メディアの奇声と、目視できぬ速さの刃が皇鱗に叩きつけられる打撃音だけが周囲に響き続けていた。 「ブラッディジェノサイド……相手が完全消滅するまで狂ったように斬り続ける……技とも言えぬ、メディアちゃんの唯一にして最強の技よ。あ、最狂の方が正しいかな」 修道女はメディアのことを何もかも知り尽くしているかのように言う。 「あんなの技じゃないですよ……というか、あの人、本当に狂っていませんか?」 「メディアちゃん、自分の血を大量に見るとキレちゃうのよ……まあ、あれがあの子の本気モードって奴でもあるんだけどね」 「血を見るとキレるって……そんな危ない医者いていいんですか?」 「他人の血なら大丈夫だから別にいいんじゃない? さてと……」 修道女は手にしていた分厚い書物を開いた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |